君が心に棲みついた(天堂きりん著)レビュー・考察

(ネタバレと妄想のシチュー)




漫画好きですが、通して読んだ翌日にまた全部読み直した作品はほぼ無いけど、この作品がそう。自分でも何故ここまで惹きつけられたのかが不思議。


◆物語について◆

まず、「ハッピーエンド」がここまで想像できない主人公は初めて。


愛されたい認められたいという渇望から暴走する主人公・キョドコこと小川今日子。

度を過ぎた挙動不審と強烈なネガティブさゆえ子供時代から親にも誰にも受け入れてもらえなかった今日子は、大学時代に初めてありのままの自分を受け止めてくれる星名に出会う。


「初めて心を許せた」「ありのままの自分を受け入れてもらえた」そんな星名に愛されたい・認められたいと思うあまり、段々とおかしくなっていく星名の言葉に自分を失くして只々服従する今日子。

この時点で結局、受け入れてもらえたはずの「ありのままの自分」をアッサリ捨てているのが今日子らしいところ。


愛されたい願望から周りに合わせすぎて、でも器用じゃないから上手くいかなくて…結局愛されなかった今日子が愛されるためにできるのは、更に自分を捨てて服従することだけだったのだろう。

いくら星名に傷付けられても離れず、星名の言う通り好きでも無い男と寝て…


漫画の王道を行く主人公なら、愛の名の下に母性で星名を包み癒したり、叱咤激励して目を覚まさせるところだけれど、モノローグで本人が言う通り、今日子は愛を知らない。


「愛されたい」ためだけの服従だから、星名の気持ちに気付けないし受動的にならざるをえなかった。


大学時代のそんな痛い思い出から、「ちゃんとした恋愛」を求めて今日子は合コンに参戦、漫画編集の仕事をする吉崎に出会う。

星名の時は「ありのままを受け入れてもらえたはずが支配された」経験から、「ありのままの自分に真っ当な苦言を呈する」吉崎の人間性に惚れ込み、暴走し出力を間違えつつも少しずつ距離を縮めていく。


しかし職場に星名が現れ、今日子は吉崎の方がまともだと頭で理解しながらも、一度でも「受け入れてもらえた」蜜の味が忘れられず、自ら翻弄されていく…


悪い意味で純真、悪い意味で弱く、悪い意味で強く、悪い意味でアンラッキー。

イケメン二人の狭間で揺れるなんて王道的関係図でありながら、ハッピーエンドと真逆へ突き進む今日子のパワーが魅力の作品です。



◆今日子と星名の共通点と相違点◆

欠点って親しくなれば愛される要因にもなるけれど、「生理的にムリ」は親しくすらなれない。

『君が心に棲みついた』の今日子は「生理的に受け付けられない」キャラクターとして描かれていて、それは物語の中だけでなく読み手さえも選ぶからアマゾンレビュー☆1と☆5で割っている気がする。

レビューの中で「今日子に全く感情移入出来なかった」とあるが、それは恐らく物語中の今日子の周りの人と同じ気持ちなのだろう。


今日子・星名の過去を語る場面で出てくる、

「生理的に受け入れられない人間は、一度突き落とされるのがこの社会の決まりです。」

という一文が非常に辛辣。


今日子はもちろん、星名も「生理的に受け入れられなかった」過去から執拗に愛情を求める一人。


星名少年は星名母から愛情?を注がれ、同級生には虐められながら心根は優しい少年のようだった。

ただ、星名は母の不倫?の末に出来た子どもで、不倫相手に似ているために父から虐待され小学生にして整形する。


その後はまだ語られていないが、おそらく最初に今日子と出会った時は多少歪んでても(今日子が言うように「騙した」のではなく)本当に優しい星名青年だったのだろう。

それが星名母がおかした犯罪によって今日子に「オレだけのために生きてくれよ」と言い、現在の自己愛モンスターが出来上がったのではないかと思われる。


その過程では、今までの母からの愛(子どもに整形を強要するのはどうかと思うが)を否定し、しかも既に整形していることから今後も「ありのままの自分を愛してもらう」ということに絶望しているのではないかと推測。


自分を好きになるために整形するならともかく、人から強要されたらそら嫌ですよね。


かくして怪物星名が生まれるも、今日子は優しい星名さんのためならともかく怪物星名さんのためにはどうしても生きられない。

つまり、受け入れられなかった。


今日子はまだ「ありのままの自分」というものがあるから、純粋に「愛されたい」という願望を持ち続けることが出来ている。

今日子にとっての星名は「初めて心を許せた人」として、特別だし性的に惹かれてもいるけれど絶対ではない。

(星名にリードされて依存関係には陥るけれど、それは今日子の性質のためでその関係を願っている訳ではない)


一方で公的・性的にも星名を愛する彼女を作れる星名にとって、今日子はどんなに傷付いても離れずにいてくれる(と星名が願う。だって自分と似た愛されたいのに愛されない人間だから)唯一の存在なのではないだろうか。

同じ職場に現れたのも、多分偶然ではなく星名の計算だと思う。再会前も非通知で電話をかけ続けてたんだし。


今まで母から受けた愛を否定した星名さんの中では、「愛されたい」対象の本当の自分がどこにもいない(整形を強要された)から、その代わりに想像できる限りの酷い自分を今日子にぶつける。

今日子が受け入れられなくても、支配して離れられなければギリセーフで満足。


星名が飯田に言った「所詮綺麗ごとを並べて上辺だけ取り繕っても、虚栄心が満たされるだけ」という言葉は飯田への皮肉で、本当に欲しいのは綺麗な彼女ではなく今日子が自分のためだけに生きているという実感なんだろう。


手に入れたいのは、自分の手で傷付いて欲しいから。キャー!歪んでる!

こんなのに目を付けられる時点でヒロイン失格。星名に舐められきってるよ、今日子〜



◆史上最もイライラさせるヒロイン?◆


「成長しない今日子にイライラする」「ネガティブすぎて感情移入出来ない」という人は、(まったく皮肉ではなく)健全なんだろうなと思う。


私も本当は、「なんでこの主人公はこんな駄目な奴なんだ」って言いたかった。

実際には今日子の視野が狭くて暴走気味なところ、浮き沈みが激しくて仕事の出来もつられてしまうところ、特にネガティブにふれやすい気持ちの面で共感してしまい、ページをめくるたび痛かった。


この物語を通じて、今日子は本質的には変わらないし成長できないんじゃないかと思っている。

だけど、変えられないながらもどう生きるかを必死に模索し続けるのが今日子の物語なんじゃないだろうか。



ちなみに扉のイラストなどのセンスがずば抜けているので、そういう点でも見応えのある作品だと思います!